ys10's diary

読み読み書き書き。

3/21

 日が変わってしまっているけど、春分の日で仕事もお休みでした。

外に出ると桜が咲いていて、もうそんな季節かとしみじみ思った。時間がたつのは早いもので、自分ももう24歳になる。大人として良い年だけれど、まだ自分のあらゆる面が24歳という年齢に追い付いていない感が拭えない。

 

 自分に自信がないのは現状の自分を認められていないからだと本で読んだ。24歳としてあらゆるものが不足していると感じてしまっている自分は間違いなく自信のない人間で、実際あらゆる場面でそういう振る舞いが出てしまっているのがその証拠である。

だからそろそろこれまでの自分を肯定してやっても良いのではないかと思うところがある。思い出せば自分の失態だったり、不幸な出来事を掘り返いしたりしているのだけど、まあ意味がなくて、そういう情けない自分を肯定していくべきだと考えた。そもそもそういったことを情けないと思わず、「自分らしい」と吹っ切れて考えないと、そういう自己肯定感というのは感じられないのだろうか。難しいところだけど、自分が肯定できるような人間を目指すことと、多少の失敗を肯定していく姿勢とどちらも育てていけばいつか納得できるのかとか思ったりもする。

 

 最近家でプログラマらしく技術的なお勉強をしたりしているのだけど、それ自体はとても良いことで、ただ凄い人たちをみて焦って身の丈に合わない勉強をするよりかは、それ以外のこと、私生活のことや身の回りのことに目を向けつつやっていかないとなあと感じた。やはり技術的にものすごい上達を遂げている人たちは、好きで仕方なくてやっているわけで、三度の飯よりプログラミングというモチベーションなわけだから、そういう部分で差がつかないほうがおかしい。自分は自分のペースでやっていくことを肝として、それ以外に自分が興味、関心があることだったり、向上させたい、ということに注力する時間というのは決して無駄なわけじゃないのだから、ほかのこともしっかりやっていくべきである。

 

 少しでも優れたポイントを作りたいと考えているが、他人で自分が持っていないものを持っている人をみて、どうしても心に陰りができてしまうけれど、それは意味がないことで、そこに気を持っていかれる労力をもう少し自分に向けられたらなあと感じるところが最近の悩みでもある。悩みは尽きないので、寝て忘れることにしよう。

IT“イット”見てきた

  イットというホラー映画見てきました。映画館でホラーを見たのは実質これが初めて。公開からどれくらい経ったか分からないけど、意外と席は埋まってた。やたら話題になってたけどもう落ち着いてるでしょとか思ってたので意外でした。要素としては、ホラー5割、サスペンス3割、コメディ2割といった感じ。(意外とガチホラーではなかった。)

  とはいえ、普段ホラーなんて見ないものだから映画館で見ると臨場感増しで普通に怖かったです。物足りないという意見も多かったのでそんなかなーという気持ちで眺めてると、途中薄目で見ないときついシーンとかもあって、自分はホラー的には楽しめたんじゃないかという所感。

  この作品のメイン要素はホラーであるものの、個人的にはキャラクターとかセリフに面白みがあったと思う。何気ない会話のテンポ感とかジョークがいかにも海外て感じがしてその雰囲気はとても自分が好きなものだったのだけど、あとで調べてみたら原作者がスティーブンキングだと知って大変腑に落ちた。スティーブンキングの本は一冊読みかけたことがあって、途中で飽きて読むのをやめてしまったけど、セリフが独特で内容より登場人物のやり取りの新鮮さが印象的だったので覚えてる。あと、やたらスクールカーストを全面に出してくる感じとかも。

  久々に映画館で映画を見るということをしてみたけど、なんだかんだ家で籠もってるよりは健全なので、良い映画があったらすきを見て観に行きましょう。予告でやってたスピルバーグの新作が面白そうだったので、もし見に行ったら感想も書こうと思う。

深夜に2018年の目標を考える

 久しぶりの日記です。本当は年末に振り返り記事みたいなのを書きたかったけど、年末は病床に伏してたのできつかった。本当はこういう日記を書くということを習慣化したいのだけれど、気分が乗らないとどうしても書く気になれないし、隔週くらいで頑張って書けたらいいなあと思いつつできてないのをどうにかしたい。

 

 風邪なんて久しぶりに引いてただただ年末番組を見ては寝るの繰り返しだった年越しだけど、その時に思ったことがある。体調が悪い時にするべきことはできるだけストレスなく体を休めることであるわけで、何も後ろめたさを感じることなくぐうたらできることが素晴らしかった。自分は物事のスイッチのONとOFFが苦手な人間で、ONにすべきところで娯楽に逃げてしまったり、OFFの時にONで考えるべきことを余計に考えてしまったりしていてこれは非常に要領が悪いなあと感じてるのだけど、「今勉強をしてしまうと風邪が悪化してかえってコスパが悪い」という意識ありきでネットしたり漫画を読んだりして過ごすのは大変有意義であった。余計な不安を感じずに楽しむ娯楽はとても満たされた気分になる。中高生の時に、将来の不安など何も考えずにネットやゲームをしていた時のことを少し思い出した。

 

 前置きはこのくらいにして、先に2017年のことを振り返ろうと思う。

まず真っ先に思うのは、精神的ストレスの多い一年だったということ。2016年は初めて会社で働くようになり、自分が抱えている対人不安を強く意識するようになったりとか、退職してからのニート期間で不安の多い日々だったりとかでストレスやら不安は常々感じていたけど、2017年はそれよりも多少健全?な業務でのストレスが多かったように感じる。自分が思っていた以上に仕事ができず、周りとのギャップをさらに感じずにはいられなかったけれど、自分はここで引けないという気持ちが転職活動時からあったため、辞めるとかそういう発想に至らなかった。対人的なところは本当に苦手だなーと感じつつ、徐々に技術面で頑張るかという考えに大分傾いてきた気がする。

 4月から6月にかけて徐々に上司からの叱責も増え始め、7月からブラックな案件で人手不足ということもあり、自分もそれなりの仕事量をこなさなければいけず、残業が増え、その分ミスも増え、上司に怒られることも増えるで負のスパイラル感があった。7月から9月はかつてないほど人から怒られた期間だったと思う。今考えればここでよく踏ん張れていて、まあ自分なりに仕事をうまく着地させたいという責任感が多少なりともありつつ、これまで生きてきてあまり頑張ったことがないのにここでやらねばという焦りもあったからこそ、ハードな期間を乗り越えられたのかなとも思う。

 10月からは客先常駐に代わり、今のところホワイト感を感じながらやれている。今の上司が良い刺激になっていて、勉強の意欲も強くなったと思うし、自主製作なんかをこのあたりから始めた。ただ、本社作業でのブラック感は、もうあまりしたくないけれど、本当に良い経験になったというのが本音で、とても大事なことをたくさん教わった気がする。今の環境に甘んじることなく、その時の教訓は時々見返しておこうと思う。

 

 一年の振り返りとしてはざっとこんな感じで、とりあえず2018年にやりたいことやら目標やら気を付けたいことなど書いていく。

 まず、2018年にこなしたいこと。

  • SPAの作成(Spring Boot + Spring Security + MyBatis + Vue.js + WebPack)
  • 現在作成中のアプリ(技術ノート)の完成
  • Oracle学習(Oracle Bronze SQLの取得 + Oracle )
  • Java Silverの取得
  • Javaについて、継続的な勉強(2018年はJavaをしっかり学習する予定。)
  • 仮想サーバの立ち上げ(FedoraもしくはCentOSをインストールし、Apache+TomcatでWebサーバを構築、その後作成したアプリをデプロイ)
  • Qiitaへ投稿
  • アウトプットの練習(Excelでの資料作成やメモ作成など)

要はまとめると、プログラミングを習慣的にやりつつ、アウトプットの量を増やしていくということ。その上で具体的に何をやっていくかということと、自分の興味に従って列挙してみた。果たして一年でこれだけやれるのか、どれも頓挫するんじゃないか、ということは考えないでおく。

 ナルトのガイも言ってたけど、頑張ろうとする気持ちにネガティブな思考は毒にしか働かない。↓

f:id:kascado-ys10:20180114043416j:plain

 

あとは「ネガティブ思考を辞めること」。

これは意識して辞めていくことはそこまで難しくないはず。ネガティブな考えに働いてるなーと思ったら、即座にやめること。代わりに心の中で自分をほめるなりしてみること。こういうマインド的なことは意味がないようで意味があると思う。周囲の人に比べて自分は特別ネガティブだと感じていて、それで幸せを感じにくい性格に寄っていってしまっているので、それは食い止めたい。なので、ポジティブに考えていく癖をつけていきたい。そうすればおのずと日常も充実してくるはず。ネガティブな考えすぎはよくない。

 

 その他は特に考えていないけど、健康でいられればなーというくらいだろうか。

人間何をするにしても健康ありきなので、あまり不摂生したり、寝不足になったり、無理して体調を崩すことがないようにしたい。どれだけやったらどれだけ休まないといけないかを、自分なりに見極めてコントロールできればなーと思う。

 

 で、2018年の目標に限らず、今後の自分の方針について思うことがあって、自分のしっかりした軸を作ることが、今後の人生を左右する大きな要因になるんじゃないかと思っている。「自分らしさ」を作っていって、それを基盤に自分のことを好きになっていけたら、あらゆることが好転する気がする。その一つの軸としてまず実現したいと感じることは、「コーディングできるSE」を目指すということ。あらゆる情報を仕入れて吟味し、自分なりにアプリケーションの構成などを確固たる根拠をもとに定義し、設計し、コーディングして動くものを作れる、という理想像がある。これはブレることなく持ち続けていたいと思うし、近い将来に実現したいことである。

 

 大体の目標について書いてみたけれど、去年の自分がこれを読んだら驚くだろうか。(去年の今頃はいまいちやりたいこともはっきりしてなかったと思う、日記とかに残してないからわからないけど。)やりたいことは少しは明瞭になってきて、方向性は定まってきたので、あとは実行するだけだと思う。まあ無理し過ぎず、体調崩さない程度にやっていけたらと思う。

仕事のことなどつらつらと

 本社勤務から客先常駐に移り、一月が経とうとしてる。

今のところ本社勤務よりも数倍穏やかに過ごせてることは間違いなく、こうしてブログを書く気力にもなっているのがその証拠。

 

 いつか忘れたけれど、ある先輩が「俺らはロジックで飯食ってるから」と言っていたのを思い出した。新人ペーペーの自分にはあまりピンとこなかったけれど、なんかかっけえと思ってしまった。SEという職業柄、あらゆる問題解決をするうえでロジック的な思考能力は必要不可欠で、その手の仕事がメインになるわけだけど、まだそこまでのところを任せてもらったりしてないので、いまいち「ロジックで食ってる感」がない。どちらかというとドキュメントをポチポチ作ったりというのが今のところのメイン業務である。

 

 どこかのサイトで見たけれど、やはりシステムエンジニアたるものコーディングできてなんぼのもので、コーディング能力が弱いSEが増えてきつつあり、それが問題化しているらしい。人手はあるが、一人とカウントできないがゆえ、結果チームが思うように回らなくなり、一部のメンバーに業務が降りかかると...。実際のところはどうなのかわからないけれど、少なくとも自分は「コーディングできるSE」というのが第一目標で、そうなってたまるかという気持ちが強くなった。

 

 最近家で勉強する時間が少なくとも以前よりは多くなった。今のところ仕事がほとんど忙しくないという所が大きいと思う。余力があるから、少し休んでから勉強に勤しむ時間を確保できているし、こうして将来の自分の理想像を考えることもできる。これからあらゆることがどう変化していくか、自分がどうなっていくかわからないが、今のところ方向性としては少なくとも良い方向に偏っている気がする。

 

 前の会社を辞めて再就職先を探していた時、SEでずっとやっていこうと決め、まず会社に入って環境を変えることで、意識をSE方向にもっていこうと考えていたけど、割とその通りに進んでいて、人が変わるのにまず環境を変えるべきというのはまさしくその通りだと感じている。自分の意志で変われるのは一部の人間だけで、そもそも変化というのは非常にエネルギーが必要で、誰もが安心する「安定感」というやつから一番かけ離れている。だから変化途中は苦しいし、自分の意志だけで成し遂げるのは困難だと思う。

 

 なので、僕のように意志の弱い人が、変わりたいけど変われないというならば、まず環境を変えてみるのも手なきがした。まあ無理し過ぎはよくないけれど、段階踏んで少しずつ変わっていければそれに越したことはない。

 僕はまだまだこれからだが、少しずつでも方向性がぶれなくなってきているので、さらに頑張っていきたい所存である。

仕事ばかりで普段考える暇のないことをつらつらと

 

 今やる努力は後の自分にとてつもない期待感を与える。一方で、今娯楽に走るのは先の不安を少しずつ強めていっているようなものなのかなとふと思った。

 

今幸い自分は会社で働く中でモチベーションを高められていて、働く前では考えられないほど努力はしていると思う。まあ休み休みだけど、やっぱりなんらか息抜きは必要で、ただやりすぎは抑えるべきである。バランスが大事。

 

 たぶん自分には課題がまだまだあって、それらに対する漠然とした不安があるのだけど、一個ずつクリアしていけば良い、焦らず積み重ねていけばよい。

 

 技術的なところはそんなモチベーションでいけそうだけど、人間関係のところは本当に難しい。最近pairsという出会い系アプリを始めたが、自分に合う人を探すのって滅茶苦茶難しくないかと感じる。まず人と会ったりするのが怖いだったり煩わしいと感じている以上、ハードルはぐっと上がる。どこかのコミュニティに飛び込んでいける勇気が持てないのは、飛び込んで自分から自発的に人と会話する上で、恥をかいたり空回りするんじゃないかという恐怖があるから。それを怖がっているようでは、先にも書いたように、出会いを探すのは難しい。

 

 どこかで吹っ切れたいと思う一方で、まだ自分をセーブしてしまっていて、それで安心してしまっている自分がつらい。自分が思っている以上に他人は自分のことを何とも思っていない、と自分を説得するのが難しい。

 

 全てはネガティブ思考のせいだと思う。治していきたい。そして、友達を増やしたり彼女を作ったりできるなら、それ以上幸せなことはないだろうな。

自分のペースで頑張りたいが、社会がそうさせてくれない

 もう少し肩の力を抜いてやりたいが、会社からお給料を貰って働いている以上、生ぬるいことは言っていられないのがすごくストレスである。まあ、働くっていことはそういう要素も含んでいて、自分はそれについて知らなかっただけという話なのだけど、誰から言われたわけでもなく、「変わらないと居場所がなくなるぞ」という脅迫じみた切迫感を感じてしまう。

 

 とはいえ、自分のペースで徐々に変わるから...とのんびりやってると、成長スピードが遅くなるのは言うまでもない。変化というのはなんらか苦痛が伴うものである...という考えがもうしんどいが、そういうことなんだろう。焦って、苦労して、悩みながらも苦難を乗り換えてきたからこそ、今うまく仕事をこなせている人たちは強いのである。

 

 先週の金曜、上司から、このままではダメだよと諭された。自分でわかってはいたけど、直に言われると、焦りと不安が出てくる。この焦りと不安という感情が本当に嫌いで、それが作業効率とか作業密度的にもよくないし、精神的にもしんどくなってくる。

 こんなこと言っている時点で甘いんだろうけど...自分にとって都合のよくないことを言われるかどうかが重要なのではなくて、そのままで本当に自分が良いのかどうかというところなんだろう。

 

 当事者意識が欠けてるという話を以前ここでも書いたと思うけれど、まだまだ僕には足りていない。それは、考えが足らないとかではなく、そういう習慣や行動意識が身に染みていないだけだと、最近思うようにしている。(自分を卑下することは何にもつながらない。)当事者意識を持つことを余儀なくされる局面をどれだけ迎えたか、そういう場面に立ち会った経験値が、当事者意識のあるなしに関係してくるんだと思う。

 

 結局経験と、場数なのだろう。僕はこれまで、そういうスキルを磨く場を悉く避けてきたので、今普通に経験してきた人達より遅れをとっている状態なのだと思う。

 

 とにかく、失望されようが何だろうが、やりきってみることを目標に頑張ってみようか。今できていないところをリストアップし、優先順位をつける。優先度の高いものから、それができるようになるまで、なんらか工夫を凝らしてみる。できるようになれば、一つ成長したとして、なにか自分にご褒美をあげるのも良いだろう。人間、プラスに考えなければ、何も乗り越えられないし、なにも始まらない。もう少し頑張ってみて、その時その時最善策を練っていこう。

Sky

もっと生真面目に

 仕事の話である。日々をもう少しタイトに生きるべきだと思う。肩の力を抜けというが、手を抜けというわけではない。正直その違いが判らない。手を抜かなかったら肩に力が入るにきまってるじゃないと感じるが、違うだろうか。僕は何の制約もなければ全くこだわりが弱いタイプの人間なので、普段からそこそこのこだわりを持って生きている人たち特有のアドバイスを受け入れるべきでない。自分の特性に見合ったライフハックをしていかなければならない。

 

 今日は年齢的にも職歴的にも数年上の先輩から、仕事を教わりながらアドバイスをもらえる機会があった。やはりいくら頑張っているつもりでも、社会人としては抜けている部分が多いと感じる。文章の書き方、報告の仕方、仕事に対する心構え一つ一つの水準が高い。僕は今事務所で上司に見守られながら仕事をしているが、客先に出るということはやはりわけが違うと感じる。一人の技術者として、少しの甘えも許されない、できないでは済まされないというところに、胃がキリキリするほどの厳しさを感じる。正直怖い。けれど、それを乗り越えないと、自分の生活は保障されない。

 

 脅迫的に考えすぎているだろうか。こんな風に思い詰めてしまうから、うまくいかないのではと思うところもあるが、僕にとっては思い詰めないことほど、無防備で苦しいことはない。思い詰めることで、自分を守っている節があるかもしれない。思い詰めたところで何も変わらないが、思い詰めることで、ダメな自分を許し、少しでも心に安心感を持たせているのかもしれない。最近はそういった自己反省を無意味だと思えてきているし、落ち込むときも、立ち直りに以前ほどの時間をかけていない。

 

 どうしてもブログに書く文章が自己反省ばかりで暗い雰囲気になってしまいがちで、そんな自分だからこそうだつが上がらないんだろうなとか考えてしまう。けれど、現実的にしばらくこの癖は治りそうにない。彼女でもできたら変わるんだろうか。