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ys10's diary

読み読み書き書き。

失敗に寛容でありたい

 明らかに失敗する、上手く行かないと分かりきってる事に、敢えてぶつかりに行くのは大事だと思う。誰だって出来る事なら失敗したくないし、プライドを砕かれたり恥をかいたりなんてことはM気質でない限り喜ばない。ともすればしばらく立ち直れなくなるかもしれないし、深く傷付くのは誰だって避けたい。だから、勝ち目の少ない勝負前ほど、なるべく失敗の少ないように用心深く準備するものだし、勝ち目の薄い勝負に出ることは賢明でないと割りきる。僕はこれまでの人生で、とりわけ負けて失う物が多くて勝ち目が薄い勝負には出てこなかった。自分が傷付くのを極端に恐れていたし、今だってそうだ。ただ、そうやって失敗や恥を避けてるようでは、自分を変えることは到底叶わないなとふと思った。

 
 失敗の数だけ人は成長するし、長年積み上げた失敗や成功経験が人としての「味」に変わるのだろう。特に、成功の為には多くの失敗経験が必要になる。失敗や恥かくことを恐れて色んな事から逃げることは、成功の機会を逃しているとも言い換えられる。
 
 社会人になれば、これまでと打って変わって多くの能力を要求されるようになる。そうなると必然初めての試みも多くなるだろうし、多くの失敗も経験するだろう。あまりに失敗ばかりで精神をすり減らすあまり、病んでしまうこともあるかもしれないけど、恥や失敗や自分の不格好さに寛容でありたいとは思う。プライドがそれを許さないから、余計にそういう経験が辛いし怖くなるんだろうけど、その余計なプライドに苦悩しつつ、挑戦する時は吹っ切られたらと思う。

 今のまま保身的に数十年生きた末、足りないだらけの40過ぎの中年になった自分を想像するとゾッとする。なら、多少血涙を飲んでも今の内に苦労は積んでおくことは嫌々ながら必要なんだろう。逃げたくなることもしょっちゅうあるけど、そうしてたまに振り返りつつ、前を見据えていたい。

 

http://www.flickr.com/photos/45301151@N03/4849524717

photo by Dopamind

 

2016.1.19追記:

大学卒業間近、まだ社会人にもなっていない僕は大した能力どころか、世間一般に普通とされることすら満足にこなせない未熟者だ。よく言われる話だが、それは裏を返せば可能性に満ち溢れてるともとれる。もちろんこのまま何もせず手放しでいれば成長できるなんてめでたいことは言わないが、目標さえあればそこに向かってとりあえずは進めばなんとかなると考えていいと思う。

 

ここ最近で、若年層と中年世代の、「ブログ」の捉え方や「インターネット」の捉え方にすれ違いが生じている。それは今に始まったことでなく、以前からそれぞれの見解の相違はあって、なにかをきっかけに顕在化し、論壇に上がったのだと思う。そこでは様々なブロガーがそのことについてブコメで言及したり、主張を記事にしたりして、こういった主張のぶつかり合いは読んでいてとても考えさせられるところがある。

中でも、古参ブロガーの主張はやはり重みがある。あらゆる面で知識と経験に劣る新参者は可能性に満ちてはいるが、その分空回りすることも多く、さも自分が大正義みたいな顔してその実とんでもない間違いを犯していたりなんてこともあるだろう。けれどこのはてな界隈での一連の出来事を見て、古参ブロガーが新規ブロガーに対し、「自分達にもそういう時期があったよ。決して間違っているわけではないから、自分の信じる方へ進みなさい。」と優しく問いかけているような方もいた。

 

今の僕は同年代と比べても圧倒的に経験不足で知識もかけていて、そのことについて劣等感を抱えることもしばしばだけど、それはあくまで自分の基準視点であり、一般的なサラリーマン目線では優秀とされる学生と、自分で無能だと感じながら過ごしている学生は実は大して変わらない位置づけにいるのかもしれない。そう考えたらこれからだと思えるし、どんなに自分の能力不足を嘆こうが愚直にやれば報われると考えるべきだ。

一番回避すべきは、自分の現状の能力不足を嘆くといった状態だ。これは本当に不毛で、委縮してしまうだけでなく、得られたかもしれないことを取り逃すような事態につながりかねない。できなくてもともと、無能で愚かで役立たずだけど、だからといってそういう弱い部分に蓋をして見ないようにしたりとか、現実逃避しないように、一ミリずつでも精進すべきだ。

 

今自分の無力感に悩まされている自身に向け、自戒の意をこめて。